――――つまらない。


ブラッドは溜息を吐いた。つまらない日々が続くものだ。なんて、なんて退屈な。
彼の興味を惹きつけてやまなかった【余所者】の少女はある日忽然と姿を消した。
現れるのも突然であれば、居なくなるのも突然だった。


彼女が居ないからと言って、支障は特にきたさなかった。彼女は帽子屋ファミリーの仕事を手伝ってはいたが、それほど大役を任されていたわけではなかったのだから。
そのはずなのに、ブラッドは苛苛としていた。つまらない。いつも通りの単調な日々が続くことに苛つきを感じる。今すぐに終わるかもしれない、もしかしたらまだ続くかもしれない日々。彼女とも、そんな関係だった。彼女はブラッドの【暇つぶし】だけの存在だったのに。いつのまにか、ブラッドはアリスを気に入っていた。

―――――深く、知りすぎてしまったのかもしれない。


「馬鹿馬鹿しい」
薔薇園へ行けば、気が紛れると思ったのが、間違いだった。薔薇園にも、彼女との記憶が散らばっていた。ブラッドは目を閉じた。目蓋の裏に浮かぶ彼女は、酷く鮮明だ。

「ブラッド」
「―――――アリス」
「相変わらず不機嫌ね。昼には昼の良いところもたくさんあるのに」
苦笑したようにアリスはブラッドを見つめた。ゆらりと影が揺れて、ブラッドは思わず手を伸ばした。触れる事など、出来ないとそう知っているはずなのに。目を開けてしまえば、醒めてしまう。これは、泡沫の夢。溜息をついて、ブラッドは目を開けた。夢幻などには、興味は無かった。ブラッドの予想通り、目の前に広がる景色は無人だ。ただ、ブラッドの目の前は血のように紅い薔薇達が我先にと咲き誇っていた。

太陽の光がブラッドを刺し抜く。全てを暴くような太陽の光にブラッドは舌打ちをした。
少し視線をずらし、ブラッドは呆然とした。青い。彼女の色。
――――それは、美しく、どこまでも冷たい色だった。
「・・・・・・・これまで以上に昼が嫌いになった」
顔を歪め、吐き捨てる。――――苛苛する。
ブラッドの気持ちが通じたかのように次の瞬間 夜が世界を包んだ。

夜になったからと言って、機嫌が良くなるわけでもない。ブラッドの機嫌は最高に悪かった。苛苛する気持ちは収まることがない。
つまらない、退屈でいつも通りの日常。ただ1つ違うのはブラッドの横に彼女が居ないと言うことだ。そう、彼女が居ない。この世界のどこにも。


それは、とても――――ブラッドにとってはつまらない事だ。いつのまにか、彼女はブラッドにとってとても大切な存在となっていたのだ。いつの間にか暇つぶしから、本気になっていた。

それだというのに、彼女は帰ってしまったのだ。この世界を、彼女を愛している者達を、―――私よりも、自分の持つ責任感とかくだらないものを選んだ。

その事に酷く腹が立つ。この私がこんなにも必要としていたのだ。私がさしのべた手を、彼女は取るべきだったのだ。それなのに、彼女は。たかだか1人に心を左右される自分があまりにも滑稽で笑いを誘う。とても。私は“変わってしまった”。

薔薇を蔦ごと握りしめた。彼女が愛した、ブラッドの薔薇。薔薇がブラッドの手を切り裂くのも関わらずに力を込めた。鈍い悲鳴をあげ、薔薇はブラッドの手の中に。

無理矢理 絡めてしまえば、良かったのだ。この薔薇のように。



「壊すか」


呟いてみれば、それはとても良い案に思えた。そうだ、彼女が居ない世界など、もはや未練などはない。
握りしめた薔薇を放せば、ブラッドの手を傷つけて、散った。


ブラッドから逃げた彼女をブラッドは絶対に赦さないだろう。

連れ戻して、今度こそ雁字搦めにして、閉じこめてしまえばいい。


ブラッドは口もとに微笑を浮かべて、愛を込めて手の中の薔薇を散らした。





この世界の誰よりも歪んだ愛を込めて